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先日来、今もまだ期間中であるジッダ市の選挙登録と、アル=ビラード銀行開
行にあたって期間限定で行われた新規株購入の騒動とがたまたま同時期に行わ
れ、株購入登録の方が、選挙登録を上回るという由々しき事態となりました。
ジッダ市の選挙について知っている人々はわずかであり、それは、新聞を必ず
読む人々や、地方選挙について伝える新聞をチェックする人々に限られており、
各地区の選挙登録センターに、一体どれほどの人々が足を運んでいるのか、私に
はわかりません。選挙登録は随分前から始まっているというのに。
それは、人々が選挙の意味を正しく理解していないせいでもあり、また、学生
時代から選挙に関する訓練がなされていないからでもあります。そして、選挙と
は、社会のために政治形体や社会構成を変革することであり、それは、国民のた
めの変動であり、国民が現在ある空虚な状態からの脱出を意味するのだ、という
意識に欠けていることにも起因します。
そのようなさまざまな原因こそ、一部の人々が株式購入登録と選挙登録とを混
同するという現状を生んでいるのです。
アル=ビラード銀行の株購入登録をしようと思って、選挙登録センターへ行
き、周りの人たちの驚いた反応を見て、「ここは株購入の登録センターではない
のですか?」と訊ねる人たちがいます。
これは一体ジョークなのでしょうか、それとも意識のなさなのでしょうか?
それとも、一度に多くの変革がもたらされたためなのでしょうか?
会社設立時の新規株購入登録騒ぎの連鎖は、「イッティハード・コミュニケー
ションズ社」設立時に始まり、次に「アッ=タアーウニーヤ社」、そして現在の
「アル=ビラード銀行」へと続いています。人々は物質的な欲求に取り付かれ、
それが長年の間失っていた夢を実現するものであるかのように考えています。
たとえば、マハル(婚資)を準備して結婚するために、アル=ビラード銀行の新
規株購入登録を行う若者もいれば、海外での留学資金を確保するために登録を行
う青年もいます。彼らが手にするのはたかだか3株か5株ほどだというのに。
また、女性たちの中には、莫大な利益を期待し、株を購入するために我先にと
自分の持っている貴金属を売る人々もいます。
今尚何百人という人々が、まだインターネットを使用していないのですが、多
くの銀行ではインターネットを通じて株購入への道を開いていますし、一部の銀
行では専用電話を通してその道を開いています。
しかし、今なお毎日のように、ファジュルの時間から人々は銀行を目指し、混
雑が続いています。一攫千金の夢は今もすべての人々にとって、夢であり、ある
種のプロジェクトなのです。それを実現する機会があるのならば、何故遅れを取
る必要があるのか、と。
私はある貧しい女性を知っているのですが、親戚の一人が、彼女のIDを貸して
ほしいと頼みこんできたのだそうです。
その代わりに、株購入が終われば、彼女に200リヤルほど与えるから、と
言って(*新会社の新規株購入には条件があるようで、その条件を持つ縁者の名
前を借りて株を買い、ID借用の手数料として名前の主に配当の一部を与えるとい
う方法を取る人々がいるもよう)。彼女は株の意味も知らないというのに。
実際に、多くの人々が、子供を多く抱えた家の主人のIDカードを買いに走りま
した(*多くの子供を抱えた家族の主人であるということが、ここでは新規株購
入者の条件の一つでもあるもよう)。新規株購入とその売却後には、それらの一
人あたりに500リヤルずつ支払うという条件で。個人的な信頼以外に何の保証
もないというのに。
中には新規株購入登録のために、妻や子供たちと共に、知っている人も知らな
い人も含めて多くのIDカードを借り集めることに成功した者もおり、いずれそれ
によって大金を手に入れた暁には、家族にもそれなりの分け前を与えるつもりで
いる者たちもいます。
問題は、貧者や困窮者たちの正当な権利を利用し、それにより、彼らの切望す
る利益や必要を利用する者たちがいるということです。その中には、両者間の合
意に際してどちらの側にも選択の自由があったのだから問題はないのだ、と主張
する者たちもいますが、それでもなお、商売として、株式購入登録のために困窮
者たちを探す行為そのものこそが問題です。それを本当に必要とする人であった
としても、それは重大な問題であり、物質生活への貪欲さにほかなりません。
新規株購入登録の騒動は、決して経済に対する意識や、株式市場についての理
解を反映しているものではないのです。それについて有識者たちは、小口の株所
有者たちが、経済に対する意識を持っていないことに警鐘を鳴らしています。
新規株購入騒動は間違いなく選挙登録を上回りました。このたびの選挙登録は
既に終盤に差し掛かり、自分たちの社会の行く末を自分たちの手で決めようとい
う強い意思を持って自らの名前を登録する人々を求めているというのに。自分た
ちの未来は、現在の問題の解決を求めることによってもたらされるのだと認識す
る人々の名前を。
しかしこのような認識は、選挙責任者たちによって組織化された運動が人々の
理解を容易にし、選挙の意義やその必要性の大きさを説明することによって、も
たらされるべきなのです。
選挙という言葉が有名無実なものとならないために、そして、選挙登録カード
も銀行のATMカードやクレジットカードに加えられる社会的な体裁の一つで終
わってしまうことのないように。
筆者:ナジュワ ハーシム
サウジアラビア女性作家
(2007年10月9日更新)
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