アラブを見つめて
 

【偉人たちの旅立ち】



 雲は姿を現すと自らの雨で大地を潤し、それから消え去り、その後には緑が 茂って人々の暮らしを豊かにします。偉人たちがこの世を旅立つ時も、消え去る のはその肉体に過ぎず、彼らの偉業や貢献は歴史のファイルの中で永久に残りま す。そして、そのファイルはウンマ(共同体)の根源を語り、国家の歴史を語り、 そしてさまざまな世代の安寧や幸福のためになされた営みを語っていくのです。

 偉人たちがこの世を旅立つ時には、市井の人々や国民によって、彼らのファイ ルの最期のページが開かれます。人々は偉人の死への哀しみや涙の扉を開きま す。親愛なる者、愛する者を失い、その喪失の大きさが自分たちの想像を超える ものである、と感じてながら。

 先週の月曜日の朝、二大聖地の守護者、ファハド・ビン・アブディルアズィー ズ国王の逝去のニュースを聞いた時、私はサウジ国外に滞在していたのですが、 知らせを聞いてしばらくは、何か恐ろしいような時間を過ごしました。

 国王の死は真実であると知っているにもかかわらず、また、国王がずいぶん前 から病に苦しんでおり、その時々に死が予想されていたことを、私も他の人々同 様に知っていたにもかかわらず。しかしながら私は動揺し、信じられないような 思いでその時を過ごしました。
何かを想像することとそれが現実になることとは、全く別ものなのですから。

 私は心の空虚さを感じました。それは、私たちが愛する最も近しい者が私たち の許を離れていく時にしか感じない種類のものでした。アッラーよ、ファハド国 王は私たちの世代にとって、これほどまでに近しい人だったのでしょうか? そ して彼はそれほどまでにその存在で私たちを包み込み、私たちに代わって国の安 寧への責任を負ってきたのでしょうか?

 その日、私が滞在していたホテルで観た放送のほとんどが、明らかに哀しみの 色に包まれていました。画面には沈黙と静止と哀しみが現れ、多くの衛星局が生 前の国王の映像を流しました。そしてそれは、異国での私の望郷の念を、いくら か消してくれるものでした。

 私は放送される国王についての映像をずっと観ていました。もう既に知ってい るものばかりだというのに、各局で流された追悼の映像は、ファハド国王の偉大 さとその偉業について、あらためて私たちに感じさせてくれるものでした。私た ちがその場にいなくても、歴史は偉人のなしたことを記録するものです。

 歴史は国王の生涯を記録しています。その生涯は輝かしく、国や人々への貢献 に満ち、自国の諸外国への開放や、アラブ・イスラーム両世界に役立つあらゆる ことを力強く推し進めるものでした。

 サウジ国民の半分はファハド国王しか知らない世代です。彼らはファハド国王 の治世に生まれました。たとえば23年前に生まれた青年は、ファハド国王の治 世に教育のすべてを完了し、大学の学位を取得しています。そのため、特に若い 世代の間では国王を失った哀しみはとても大きいのです。そして、彼らのような 世代は、サウジ国民の半分を占めています。

 その時、私の二人の友人‐一人はジェッダ在住、もう一人はジャーザーン在 住‐は、人々の気持ちや国王の死への哀しみにより、すべての祝事が取り消さ れ、国王は国民すべての心の中にいるのだ、と私に知らせてくれました。祝事を 取り消すよう誰かが命じたわけではないのに。この純粋な感覚は、国民の絆の強 さを表すものでした。彼らは悲しみにも喜びにも一つになることができるので す。

 偉業の国王ファハド・ビン・アブディルアズィーズは逝ってしまいました。
彼は、アラブ世界とイスラーム世界の融合において主導権を発揮し、その高い立 場によってしか成しえなかった困難な決定によって、いつでもその共同体への支 援や援助に熱心に努めました。

 勇気の国王ファハド・ビン・アブディルアズィーズは逝ってしまいました。
彼は、常に国内の革新と発展のために努力し、また、人材育成と教育のために尽 力しました。彼は何万人もの青年たちに留学の扉を開けることによって、人材を 育成し、今はその彼らこそが人材育成の道を指導し、世界に向けて王国の扉を開 け放っているのです。

 レバノンの人々に再び安全な暮らしの窓を開いたファハド・ビン・アブディル アズィーズは逝ってしまいました。彼は、同地の生活と国民が破壊されたレバノ ン戦争後、レバノンをその国民とアラブの手に戻すことができたターイフ会議の ために、絶え間ない努力をしました。

 女性教育を熱心に求めた国王、ファハド・ビン・アブディルアズィーズは逝っ てしまいました。彼は、サウジ社会を築く上で、女性を有効な社会参加の道へと 導きました。

 大きな経済的飛躍をもたらした国王、ファハド・ビン・アブディルアズィーズ は逝ってしまいました。彼は王国を世界の経済大国にしました。

 敗北や厳しい試練に晒されたアラブ列国を一つにまとめた国王、ファハド・ビ ン・アブディルアズィーズは逝ってしまいました。

 スピーチに長け、準備のない突発的な演説や会見にも優れ、鋭い頭脳と威厳を 持った国王、ファハド・ビン・アブディルアズィーズは逝ってしまいました。中 庸の象徴、そして未来建設の熱望者は、もう逝ってしまったのです。

 国王逝去の日、一人の学者があるテレビ番組でインタビューを受けており、 ファハド国王がなした二大聖地の拡張について、誇りと感動を持って語っていま した。自分は30年前にハッジ(大巡礼)とウムラ(小巡礼)を行ったが、その二大聖地は今どれほど変貌しているだろうか、と。

 彼は、その二大聖地の拡張について、また、巡礼者たちが容易に巡礼の行を行 えるように支えた偉業について、ファハド国王を何度も称賛しました。もし仮に 彼が、一生のうちに二大聖地の拡張以外の仕事を何も成さなかったとしても、そ れだけで彼の名前を歴史に残すに余りあることである、と。

 学者にインタビューをしている女性アナウンサーは哀しみを表すために黒を着 用していました。私は、国王の二大聖地拡張の偉業については既に知っていたに もかかわらず、その学者の言葉により、その偉業の大きさをあらためて認識した のでした。夢や想像を現実にし、人々が望むような暮らしを描こうとするのは、 偉人たちだけなのです。

 ファハド・ビン・アブディルアズィーズ国王の肉体は、私たちの前から消えて いきましたが、歴史は偉人を決して忘れることはありません。どんなに立派な騎 士でもいつかは馬を降りて自分で歩かなくてはならず、どんな人でもいずれ終わ りはやってくるのです。

 ファハド・ビン・アブディルアズィーズ国王は逝きましたが、彼が自らのウン マに与えた歴史的秀逸‐安全な暮らし、強い信仰、熱心に未来への扉を開くこと など‐は決して消えることがありません。

 偉業の主、ファハド・ビン・アブディルアズィーズ国王は逝きましたが、その 存在はこれからもずっと歴史の記憶や人々の心の中に残り続けることでしょう。 そして、不在でありながら、彼は自らが作り上げた時代の栄誉を受け続けること でしょう。


筆者:ナジュワ ハーシム
サウジアラビア女性作家 

(2008年2月26日更新)

                

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