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イベリア半島におけるアラブ語

 

                           アミーン水谷

ラテン語は死滅する事により、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語など10に上るロマンス諸語を生み落とした。しかしアラブ語はその派生語としては、スワヒリ語、マルタ語を数えるのみで、7世紀以来脈々とその生命力を失っていないのは良い対照である。そしてこれは唯に対照的な現象である以上に、因果関係にもある。何故ならば、ローマ帝国の崩壊と西欧中世の始まりは、アラブ民族の地中海貿易制覇により決定的にもたらされたとする中世史家アンリ・ピレンヌの見解を換言すれば、アラブ語がラテン語を葬ったと言うことにもなるからだ。ここに実に雄大な言語面での世界史の展開を見る気がする。1)

後期ラテン語あるいは初期ロマンス語とアラブ語が最も密に接触し合うこととなったのは、イベリア半島であった。2) 同地は中世アラブ・イスラーム文化の一つの頂点を実現した場であり、アンダルシアの名は未だに多くのアラブ人の心の中に郷愁の念を掻き立てずにはおかない響きがある。

アラブの支配下においてアラブ語は初期ロマンス語から発達したスペイン語やポルトガル語にどのように取り入れられたのか。それらへは、宗教の違いを超えイスラーム用語も相当採用された。またスペイン語とポルトガル語へのアラブ語の採用のされ方がかなり異なるのは何故か。最後にイベリア半島のアラブ語が逆にスペイン語など同地の言語に影響される面もあったので、その若干の例を見てみたい。

そして以上は極めて地味な分野ではあるが、アラブ語の活躍振りの一端として読んで頂ければ幸いである。


1.アラブ語の浸透

711年、ジャバル・アル・タリークが海峡を渡って以来、1492年グラナダが陥落するまでアラブ・ベルベルのイベリア半島統治の歴史は続いたが、アラブ語は17世紀のモリスコ(キリスト教に改宗したイスラーム教徒)の追放までは使われていたという。8〜9世紀頃のアラブ語自身がその成長期にありながらイベリア半島を席巻したのは、ロマンス語がその揺藍期にあったという事情もあろうが、それ以上にアラブ語の方がより進んだ文明を荷っていたからであった。多くのキリスト教徒は競ってアラブ語を身につけたがり、イスラーム教に改宗しないながらもアラブ語化された人々はモサラベ(mozarabe、アラブ語のmusta‘ribアラブ化を求める人、が語源)と呼ばれ、彼らのアラブ語文献は多数残されている。

スペイン語では、花、果実、野菜、樹木、香水、役職、病気、飲食物、度量衝などアラブ語から採られ、今日まで用いられている単語は多数に上る(tahona粉引き場、アラブ語はtahuna。alhaja宝石、アラブ語のal-haja)。アラブ名の残っている大きな分野として地名があり、その語源研究には多くの心血が注がれてきた。3) Taraf al‐Ghar洞穴の岬、は現在のトラファルガーとなったし、qal‘a砦、 madina町、 qasr城、などと組み合わされた地名も多い。一般にアラブ語の定冠詞al-が付けられたままの場合と、そうでない場合があるが、約700語はあるal-で始まる単語でもアラブ語起源でないものもあるのは当然である(ラテン語起源のalameda通り)。20世紀に入り、ジャーナリズムの躍進は他のラテン諸国で理解され難いアラブ語起源のスペイン語の単語を、相当の勢いで駆逐してきたと言う。4)

ポルトガル語においても多くの場合、名詞が採用され、アラブ語の主たる影響は文章や成句ではなく、単語の世界におけるものである。ポルトガル語ではh音がf音に化すことが多いのが、一つの特徴である5) (atafon粉引き場、アラブ語は上述。Azafama大急ぎ、混乱、アラブ語はal-zahama。ムハンマドはMafamedeと綴られ、また枕・クッションを指すal-mikhaddaはalmofadaとなり、今日も使われる)。

次に異味深い例を若干挙げたい。野蛮さ、非アラブ、を示すal-ajamiyaは東アラブでは多くペルシャ語を指すが、イベリア半島では、アラブ人が用いる時はスペイン語を指し、スペイン人が用いてる時はカステラ語のくずれたものやアラブ語と混じったものを指していた。また、スペイン語をアラブ文字で表記した文献が多量に残されているが、これらはliteratura aljamiedaと称されている。

アラブ民族の心意気の一つに気前の良い客のもてなしal‐diyafaと言うのがあるが、これはスペイン語ではadiafaとなり、入港時の船員の入港手当ての意味で用いられる。ポルトガル語ではdiafaとなり、給与以上の賞与を意味したが、現在では用いられなくなった。

名詞以外の形容詞や動詞も採り入れられたが、アラブ語のhatta〜まで、はスペイン語のhasta、ポルトガル語のateとなり、不可欠な前置詞として用いられている。


2.イスラーム用語の採用

地名の他にも音楽、建築など様々の分野におけるアラブ語の浸透について、それなりに纏められてきたが、意外にもイスラーム用語に着目したものは見当たらないので、以下その主なものをみて見たい。6)

(イ)常套句

la ila illa ‘l-la (アッラーの他に神はなし)−これはムーアの使う表現としてlilaila leliesと綴られ、ドンキホーテではleliliesと記された。今日のスペイン語ではleliliと綴られ、またlilailasは姦計の意味が与えられた。

in sha al-lah (アッラーが望まれるならば)−これはスペイン語ではojala,ポルトガル語ではoxalaと綴られ今日でも、願わくば、の意味で用いられる間投詞となっている。7) o−で始められたのはアラブ語waそして、の音が変化したもので、また17世紀まではスペイン語のj音(強いハ)はx音(シャ)であったので、元来はスペイン語とポルトガル語の両者は同じ発音であったと言えよう。

wa ‘ l-la (アッラーの神よ)−上述の通りwa音がo音となり、スペイン語ではoleポルトガル語ではole及びolaとなり間投詞として用いられる。踊りや歌の合いの手に発せられたり、またサッカー競技の応援でもオレー、オレーと叫ばれるのは誰しも耳にした事があろう。

(ロ)事象

今日までスペイン語で使用されるものとして、

hjra (西暦622年の預言者ムハンマドの移住) − hejiraまたはhegiraと綴られる。

sala (礼拝) − zala,azalaと表記されるが、かつてはazalatoの綴りもあった。

sunna (規範) − zunaと綴られる。

haqq (権限) − hoqueと言う単語は用いられなくなったが現在のhoquis de無料で、はその名残りかと推測される。

al-zaka (喜捨) − 現在は用いられないが、かつてはasequi(ポルトガル語ではazaqui)と綴られていた。

haram (禁ぜられた) − この縮小辞形のharamilloあるいはhamarilloが用いられたこともある。

al-bishara (吉報) − 今日もalbriciasと表記され、ポルトガル語では少し古い言葉となったが、alvissarasと綴られている。(alvicaras の綴りもあった)

(ハ)人物

nabi (預言者) − スペイン語ではこのまま用いられる。

ai-faqih (法学者) − スペイン語ではalfaquiと綴り、今日もイスラーム法学者の意味で用いられる。ポルトガル語ではalfaquiと表記される。

kafir (背信者) − スペイン語及びポルトガル語でcafreと綴られ、残忍な、粗暴な、の意味で用いられる。

al-muadhdhin (礼拝時報係) − 今でもポルトガル語でalmuademまたはalmuedaoと綴られ用いられるが、スペイン語のalmuedanoは使われなくなった。

al-amin (信頼すべき長) − alaminと表記され、今日のスペイン語でも生きている。

amir al-muminin (イスラーム教徒の長) − 今日スペイン語では、miramamolin ポルトガル語ではmiramolimと表記される。

al-muhtasib (計量検査官) − 今日スペイン語ではalmutacenと綴られ(かつてはalmotacebもあった)、ポルトガル語ではかつて、aimotace やalmotacelと表記され用いられたこともあった。

al-mushrif (管理人) − これは必ずしもイスラーム用語ではないが、スペイン語でもポルトガル語でもalmoxarife(あるいはalmoxerife, almosarife,almozarifeと綴る)が用いられたことがあったが、現在はポルトガル語で派生語としてalmoxarifado物置場、は普通に用いられている。

(ニ)文物

mushaf (書物・コーラン) − スペイン語ではmocafo、ポルトガル語ではmosefoと綴られたが、今日では用いられない。

masjja (モスク) − この言葉は今ではスペイン語、ポルトガル語でも死語となっている。よくモスクの語源とされる、メスケータ(貧弱な)はメスキニャール(貧弱である)の派生語で、マスジドがメスケータの語源となったとは考えにくい。mesquitaはポルトガル語では、いまだにモスクの意味で用いられている。

al-manar (ミナレット) − スペイン語ではalminarと綴られる。ミナレットのことをポルトガル語ではかつてはalmadenaと呼んだが、この語源はアラブ語のal-madina町、であると思われる。

al-musalla (礼拝用小カーペット) − スペイン語では今日もalmocelaが用いられているが、かつてはalmucella, almozela, almozalaなどの綴りもあった。

al-maqbar (墓) − ポルトガル語ではalmocavarの表記が用いられたこともあった。

suhur (ラマダン月の夜明け前の食事) − スペイン語で現在も、賑やかな会食の意味でzahoraが用いられ、夜食を取る、の意味でzahorarと言う動詞も派生している。

al-jubba (外套) − スペイン語でaljubaまたはjubaの表記が生きている。

‘aba (長袖のガウン) − ポルトガル語ではcabayaと綴られたこともあった。


イスラーム用語が中世のキリスト教徒に広範に用いられた事例としては、モサラベであったアブド・アル・マリクのアラブ語写本(1049年、内容はキリスト教教説)がある。これはアラブ語で書かれたとは言え、次の様な言葉がキリスト教の教えの中で用いられており、かかる現象は当時の宗教的寛容さの反映と目されている。8)

bism‘l-la al-rahman al-rahim (慈愛が広く深い神の名において) − イスラーム教徒の常套句がそのままキリスト教徒にも使われた。

jahiliya (無明時代) − 無知、の意味で用いられた。

mushaf (書物・コーラン) − もちろん聖書を指して用いられる。

kaba' ir (大罪) − 宗教上の大罪で、イスラーム教の場合、破門の原因になるかが、神学上議論されてきた。

aya (句) − コーランの一句、が原義だが、聖書の一句、として用いられる。

imam 複数a' imma (イマーム) − キリスト教の指導者として用いられる

qiyas (類推)、ijma (コンセンサス)、sunna (預言者の慣行) − 夫々、イスラーム法源の一つであるがキリスト教規範の議論で用いられる。

khawarij (ハワーリジュ派) − 異端、の意味で用いられる。

shi‘a (シーア派) − 分裂派、の意味で用いられた。


3.スペイン語でとポルトガル語への影響の違い

アラブ語がどの様に取り入れられたかについては、文語よりは主に口語から採用されたこともあり、特定の規則性は見られない。またスペイン語では未使用になったものがポルトガル語に入っていたりもする。勿論、双方に共通に採用され今日まで生きているものもある(例えばal-makhzen倉庫、はスペイン語では、almacen、ポルトガル語ではarmazen)そして、いずれの場合も、セム語族と印欧語族という構造上の違いから、影響の範囲は主として単語の採用に止まっていると言える。9)

ところが取り入れられたアラブ語の数の上からは、圧倒的にスペイン語の方が多く、その数は地名や医学用語を入れるか否かで大きく変わってくる事もあり、スペイン語でのアラブ語数は明記したものはない。他方、ポルトガル語には約600語入っているとも言う。10)

スペイン語の方が多くアラブ語を取り入れた原因としては地理的な広がりもあろうが、恐らくはポルトガル語の方がより早い段階で固まり(ラテン語により近い原因)、小国ながら単一の政治勢力に支えられていたこともあろう(勿論、近代的なポルトガル語の確立は、16世紀の国民的叙情詩Lusiadasが著されてからとされる)。因みに13世紀には北部ポルトガル語でのガリシア方言が、カステラ王国とアラゴン王国の宮廷でも共通の詩作言語となっていた。

他方ポルトガル語へのアラブ語の採用は、イスラーム教徒のイベリア半島支配から来たものより、15−16世紀の東アフリカやインドにおける植民地支配から入ったものが非常に多いとされる。11) 確かにnuwab代表達、はインドでは「大守・総督」の意味で用いられ、この複数形のままでnababoとしてポルトガル語に入っている(更にこのままスペイン語にも入った)また現在のポルトガル語で派生語としてnababesco華美な、という形容詞も用いられる。また、曜日名についてスペイン語では全て月、火、水と天体名で呼ぶが、ポルトガル語は月曜日から金曜日までをsegunda-feira(第二の市)、terca-feira(第三の市)と序数をつけるところはアラブ語と同じであり、海外のアラブ商人の用語から入ってきたとも推測される。この当たりは史料をもって確定するには難しくとも、課題としては極めて興味が持たれるところである。

最後に表記上の主な相違を見ておきたい。ポルトガル語ではh音ではf音に化すことが多いことは既に触れた。また地名などに非常に多出するw音は、スペイン語ではg音、ポルトガル語ではo音に変化し記されることが多い。例えば地名の一部にwadi谷、はスペイン語ではguard、ポルトガル語ではodi又はodeと綴られる。もう一つのポルトガル語表記上の特徴はスペイン語と比較してn音を避ける傾向が強いということである。語頭の例としてアラブ語narani オレンジ、は、スペイン語ではnaranjaだが、ポルトガル語ではlaranjaとなるし、語間の例としてアラブ語al-munadiya競売、はスペイン語ではalmonedaポルトガル語ではalmoeda(但し現在のポルトガル語では競売の意味でleilaoが一般的だが、この語源もアラブ語のal-a‘lam掲示、とされる)となり、語尾ではアラブ語al-zafaranサフラン、はスペイン語ではazafranだがポルトガル語でacafraoと鼻母音になる(この傾向はラテン語からポルトガル語になる時も同様でpersonaはpessoa人物となる)。


4.史料と参考文献

スペイン語におけるアラブ語の使用状況につき神経が使われ出すのは、宗教的に寛容さで知られる群小諸王時代(1009年−91年)でもなければ、それに続くキリスト教徒弾圧で知られるベルベル人のムラービト朝(1056年−1147年)やムワッヒド朝(1130年−1269年)でもなかった。それは15世紀に入りイベリア半島の再征服が完了する頃、カトリック教による宗教異端裁判が本格化した際、キリスト教徒でアラブ語を話すモサベラたちの言葉を徹底理解し通訳する必要が増大した時であった。つまりキリスト教徒自身を迫害するために、アラブ語の理解が必要とされたのであった。

スペイン語とアラブ語の対照が行われた最初期の史料としては、

Pedoro de Alcara, Vocabulista aravigo en letra castellana, Granada,1505.

Cobarruvioas, Tesoro de la lengua Castellana, Madrid 1611. に所収のFrancisco Lopez Tamarid de Granad, Diccionario de los vocabulos que tomo de los Arabes en la lengua Espanola.

ポルトガル語については

Sousa,Vestigos de lingoa Arabica em porugal, Lisboa, 1789.

Fr. Joaquim de Santa Rosa de Viterbo, Elucidario das palavras, termos,e frases,que em Portugal antigamente se usarao,e que hoje regularmente se ingorao, Lisboa,1798.

これら古文献は、言わば生命を掛けた厳しい社会情勢の中で記されたものであったが、12) それらの示すアラブ語源は時にラテン語源の誤りであったりもした。またそれ以上に新たにアラブ語語源であるものが実証され追加されるケースも頻出して行く中で、近代的な研究分野として多大な知的エネルギーが注がれてきた。それは特に19世紀、イベリア半島の文化現象を全てムーア人の影響に帰すると言う、驚くべき風潮にも支えられた。若干の参考文献を挙げる。

スペイン語については

D. L, de Eguilaz, Glosario etimologico de la palabras espanoles de origen oriental, Granada, 1886.

Steiger, A., Cotribucion a la fonetica del hispano-arabe y de los arabismos en el ibero-romanico y el-siciliano, Madrid,1932.

ポルトガル語については

Dalgado, S, R., Glosaraio Luso-asiatico, 2 vols., Coimbra 1919、1921.


5.終わりに

言語的な影響としてはアラブ語からのものが圧倒的であるとしても、逆にアラブ語もイベリア半島の言語に何がしかの影響を受けていたと考えねばならない。まずイベリア半島のアラブ語はベルベル人のアラブ語の特徴を受け継いでいた(例えば長母音が短母音化させる傾向など)と言う意味で、既にそれ自身少なくとも口語として一方言であったと言えよう。13)

また、唯に事物の大小を示す縮小語尾ではなく愛情や愛着を示す意味の縮小語尾が多く用いられるのはスペイン語の特徴であるが、この傾向がアラブ語源の地名に多いとされる。イブン・クズマーン(1160年没)の詩には、この様な縮小語尾の用い方が多出し、これはアラブ詩一般には稀な現象であり、明らかにスペイン語の影響であるとも論じられている。14)

ここでは、これ以上アラブ語に対する影響としては議論すべき素材もないが、いずれにしても、東アラブへの旅行も大いに行われ、言語的な交流も盛んであり、文語を中心としたアラブ語の持つ強烈な求心力からすると、上のイベリア現象は決してアラブ世界全体に刻印を記すことにはならなかった。

最後にアラブ語の浸透は更に中世ラテン語に及んでいることは事の当然としても、ここに敢えて一言付記しておきたい。この分野は現在まで残されている史料も限られ特殊な関心を維持せねばならないことと根気強い死語の修得が要求されることから、研究論文も多くない。筆者が提供を受けた諸論文も、関係者に請われて執筆したと言う程、書き手も少ない。15) アラブ語がイベリア半島に突入して以来、ラテン系諸語が確立するまでの間、7〜8世紀と言う長い時間が流れたが、その間の言語交流はどの様なものであったのか。新たな宇宙が生まれる瞬間の諸力の交差に近い現象であったと想像されるが、興味は尽きない。


1 本稿は「日本ポルトガル・ブラジル学会年報」XXIX 1996年、に所収の論文だが、サイト掲載の求めに応じ通読のため一部改訂した。なお、アラブ語、スペイン語、ポルトガル語における多くの長母音、重子音、アクセント記号などの転写や表記に際し、特殊文字で出せるものと出せないのがあり、通読上の煩雑さを避けるため凡て簡略化した。
2) 後期ラテン語がそのまま初期のロマンス語となり、いずれもlatinusと呼ばれているので、従ってアラブ語のal-lathiniもラテン語よりは広く解される点については、right, Roger, Late Latin and Early Romance in Spain and Carolingian France, Liverpool, 1989. 第237頁参照。
3) 語源を考える際、ターマルブータの発音の崩れ方も参考にすべきとの指摘はLatham,J.D.,‘Reflections on the Ta' marbuta in Spanish Toponyms of Arabic Origin'. J..of Semitic Studies,12, 1967. 第91頁-99頁。筆者未見ながら、Palacios, Miguel Asin, Contribucion a la Toponimia arabe de Espana, 2nd ed.,Madrid, 1944. Mone, H., La geografia y los geografos en la Espana musulm ana, Madrid, 1967.
4) Walsh, John Kevin. The Loss of Arabism in the Spanish Lexicon, Univ. of Virginia, 1967.(博士論文)
5) Coutinho. Ismael de Lima, Pontos de Gramatica Historica, Rio de Janeiro 1977. ‘importacao Estrangeira' 第192頁−193頁。
6) Dozy, R.P.A., W.H. Engelmann, Glossaire des Mots Espagnols et Portugais Derives de l‘Arabe, Leiden, 1869. 使用したのは1982年の復刻版
7) Silva Bueno Francisco da, Estudos de Filologia Portugues, Sao Paulo, 1967. ‘Fonetica das palavras ‘Arabes'.第148−150頁。
8) Abu-Haidar, J. A.,‘A document of Cultural Symbiosis: Arabic Ms.1623 of the Escorial Library‘. J. of the Royal Asiatic Society, No.2,1987. 第223−235頁
9) 但し、アラブ語の他方面への影響を論じたものにHoffman, H. R., Syntactical Infuluence of Arabic on Medieval and Later Spanish Prose, Univ. of Wisconsin. 1973.(博士論文、筆者未見)
10) Joaquim, Nunes Jose, Cresomatia Arcaica, Excertos da Literatura Portgues, Lisboa, 1970. 頁xv - xvii
11) Trend, J. B.,‘Spain and Portugul' , Arnold, Thomas, Alfred Guillaume, The Legacy of Islam, London, 1931. 所収。第23頁。
12) 以上の古文献については、Dozy前掲書序文、第1−12頁。
13) Corriente, F., A Grammatical Sketch of the Spanish Arabic Dialect Bundle, Madrid, 1977.
14) Abu−Haidar, J. A.,‘The diminutives in the diwan of Ibn Quzman:a product of their Hispanic milien?', BSOAS, Univ. London, vol, LII, Part2, 1989. 第239−254頁。
15) Latham, J. D.,‘Arabic into medieval Latin'. J. of Semitic Studies, 17,1972. 第30−67頁。老齢にも拘わらずスコットランドから、同論文の誤記訂正も含めて送付してくれた著者への謝意をここに記しておきたい。


 

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