アブドルアジーズはラシード家首長のムハンマドに勝利した夢を忘れなかった。ラシード家が報復としてリヤード周辺の村々の住民を殺害したとの知らせに、怒りを押さえることができなかった。ムバーラクは再び軍を集めようとはしなかったし、父アブドッラハマーンはすでにナジドの支配権の奪回を断念していたが、若いアブドルアジーズはめげなかった。夢の実現に向かって大きく踏み出そうとしていた。このままでは何もできない。砂漠に出よう。砂漠には可能性がある…。彼には数人の腹心の友がいた。親戚のビン・ジルウィー(アブドルアジーズの従兄弟)や、イブン・マスウード、弟のムハンマドもその仲間だった。それにベドウィンの若者や荒くれ者たちが加わって、総勢40人ほどの仲間が集まった。 1901年秋、21才のとき、彼はムバーラクにリヤード攻略の出兵許可を求めた。僅かな武器と老いぼれラクダを貰い受けただけの40人の部隊は、戦旗も、激励のドラムの音もなく、こっそりとクウェイトを発った。まっすぐリヤードには向かわなかった。彼らは通常のキャラバンルートを外して、裏道を進んだ。そして一連の略奪を繰り返しながら戦利品の収穫を得ては、味方となった者に報酬を与えて仲間を募りつつ、前進した。ムッラ族から迅速な略奪の秘訣を習いおぼえたアブドルアジーズの勇猛さ、気前のよさを伝え聞いてベドウィンたちが集まり来るようになった。略奪が不成功に終わったときにはベドウィンたちはさっと去っていった。アブドルアジーズの部隊は、膨らんだり、減少したりしながら前進していった。リヤードの近郊に到着したとき、部隊は結局40人に戻っていた。彼らはこの後、最後までアブドルアジーズを助けて行動をともにした仲間となる。アブドルアジーズはとるべき策を慎重にたてた。この僅かな兵力で決定的な成果をおさめなければならない。不意討ちをかける機会を待たなければならなかった。部隊は姿を見られないように、警戒して過ごさねばならなかった。足跡を消し、人目を忍んで籠った。じっと機会を待った。 ラマダーンの月が明けたとき、アブドルアジーズはいよいよ襲撃の時が来たことを仲間に告げた。1902年1月12日、アブドルアジーズと40人の仲間はリヤード郊外の水場に集結した。  | | リヤードの町をとり囲んでいた城壁の一部(1937年)(P.24−1) |  | | 修復された今日のマスマク城塞(P.24−2) | | 城壁がリヤードの町をぐるりととり囲んでいる。アブドルアジーズは部隊を二つに分け、不測の事態に備えて半数を町の郊外に待機させ、半数の仲間を伴って城壁に向かった。城壁の外にその半数を待機させると、アブドルアジーズは残りの仲間とともにナツメヤシの幹を伝いながら夜陰にまぎれて城壁を乗り越えて町の中に潜り込んだ。冬の夜は冷え込み、人びとは家に閉じ籠り、町は寝静まっていた。十分に用心しながら、昔サウード家に仕えていた使用人の家に向かった。サウード家のかつての使用人は驚きと喜びでアブドルアジーズを迎え入れると、城壁内の詳しい情報を提供した。ラシード軍はマスマクの城塞を占拠しており兵隊はいつもは城塞の中で休み、夜明けに代官は城塞を出て護衛を連れて私邸に向かう。アブドルアジーズたちは綿密に手筈をとり決めた。 1月15日、夜明けとともに奴隷が馬の用意を始めた。城内にざわめきが聞こえ、城塞の正門がいっぱいに開かれた。まもなく城塞から代官アジュラーンが姿を見せ、ゆっくりと歩いて自分の馬に近寄っていった。その時だった。アブドルアジーズとその仲間は叫び声を上げながら全速力でアジュラーンに襲いかかっていった。4人の仲間が時を移さず茫然とする城内の衛兵に銃を発砲する。急ぎ城塞に逃げ込もうとするアジュラーンを掴み、引き倒して格闘になる。死闘がくりひろげられる中、アブドルアジーズは引き金を引いた。弾丸はアジュラーンの右腕をつらぬいた。傷ついたアジュラーンを追って、ビン・ジルウィーが切り殺した。城塞の外で待機していた仲間も突入した。代官を失ったラシード軍の守備隊は混乱の中で行きどまりの路に追い詰められ、およそ1時間ほどの凄まじい戦いで壊滅的な打撃を受けて降服した。アブドルアジーズ側にも死者2名、負傷者3名がでた。 近郊で待機していた20人の仲間も駆けつけた。リヤードの住民はアブドルアジーズに忠誠を誓った。 転載:「アブドルアジーズ王の生涯」 日本サウディアラビア協会出版 | |