キング・ファイサル国際賞科学賞受賞 2
生涯忘れることのできないリヤードの一週間
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野依 紘子
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| 高野大使主催受賞祝賀会 |
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赤い砂漠に立つ野依教授夫妻 |
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| 受賞者を出迎えるハーリド殿下 |
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スーク(市場)を見学 |
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平成11年の短かったお正月休みも終わった1月6日。夫からの電話が事の始まりでした。「サウディアラビアのキング・ファイサル国際賞科学部門で、スイスのゼーバッハ教授と共同受賞することが決定したというファックスが届いた。多分1〜2ヶ月後に授賞式が行われるだろう」という知らせに、私はすぐに14年前のことを思い出しました。はじめて50日間滞在したフランスからの帰国途中に経由したバハレーンでの事です。
その時搭乗したたくさんの人々の顔立ちやしぐさが、私の中でサウディアラビア人と重なり合ったのかもしれません。予備知識を得るべく書店で、サウディアラビアという名のついた本を検索してもらい、逸る心で発売元に問い合わせたところ、多くの本が絶版だったり、専門的すぎたりで、手に入れることができませんでした。冷静に考えればアラブ諸国やイスラームという観点で捜せば本が手に入ったのでしょうが、その時は日本からは距離的なことだけでなく、理解する上でもずいぶん遠い国なのだと思いました。
徐々にキング・ファイサル国際賞とは、アラブのノーベル賞といわれているもので、過去には日本人として医学部門で藤原哲郎先生が受賞されたということもわかって参りました。私ができる情報収集として友達にも声をかけてみましたところ、本、テープや資料を貸して頂くことが出来、友達の有難味が身に染みました。その上、日本サウディアラビア協会の徳増様や文部省の方からも資料や本をお送り頂きました。前受賞者の藤原哲郎先生御夫妻からも御親切なお電話を頂き、授賞式の様子やスケジュール等もお教え頂きました。
その様な中で私が心配したことは服装のことです。ただけさえ女性が人前に出ることの極端に少ない状況にあり、頭からつま先まですっぽりと黒い布で覆っている服装をしている国でどのような服を用意すべきかが気掛かりでした。
2月28日から4日間、授賞式に関する日程が組まれると知ったのは、2月半ばのこと。2月25日に名古屋空港から飛行機に乗り込んだ時には、未知への期待と不安が半々でしたが、バンコクのドン・ムアン空港での2時間の待ち時間の間に心も落ち着き、これから起こるであろう様々な経験を自分なりに精一杯吸収してこようと思ったものでした。円滑な飛行の後、定刻通りリヤードのキング・ハーリド空港に到着し、直ちに貴賓室に通されアラビアコーヒーとデーツを頂戴いたしました。このような優雅なお出迎えは初めての経験でした。アラビア石油所長の中村義孝様や富岡様が出迎えて下さり、本当に嬉しゅうございました。
車に乗ること数10分、暗闇の中を走る車からどの様な都市なのかと興味津々で眺めるうち、アル・ホザマホテルに到着、玄関にはキング・ファイサル財団の方、ホテルの支配人、テレビカメラマン等が私共を迎えて下さっていたのです。ホテルの部屋に通され、中村様から外出の際には必ず着るべく、奥様のアバーヤとベールを拝借いたしました。ベッドに入って一眠りしたところ、独特の抑揚の声が聞こえてきて目を覚ましたましが、それはお祈りの声で、時計を見ると3時半頃でした。そのお祈りは私を心安らかな気持ちにさせてくれました。
中村様が赤い砂漠にご案内下さった翌26日。昼間のリヤードの町を車中から眺めますと、近代的な町並みが続き、私でも知っているヨーロッパの有名なブランド名のついた店も何軒かが目に入って参りました。木々や草花もきれいに整い、各花毎にスプリンクラーが設置されているように見えました。途中は車も少なくドライブもスムーズで、まるでグランドキャニオンかと思えるような岩の間をぬけ、決してキャメル色だけではないラクダを見ながら目的地に到着しました。
砂漠の赤茶色のきれいな風紋は足で踏みしめてしまうのがもったいなく感じられました。オアシスがあったとはいえ、砂漠の中にこのような大都市を創って、たくさんの人々が住んでいること自体すごいことで、それを実現してしまっているこの国のパワーに驚かされるばかりです。
ゴルフ場に立ち寄り、芝生の上を流れてくる心地よい風に、いかに緑が大事かを実感いたしました。昼食をご一緒した中村様の奥様から女性の暮らし振り等色々とお聞かせ頂き、慣習にしばられているばかりの女性を想像していた私の予想よりはるかにのびのびとした生活を送っていることが理解できました。
その夜は日本大使館の高野幸二郎大使御夫妻にお招き頂き、御夫妻共々、夫と同じ神戸のご出身で、美味しいお食事と共に、お話に花が咲きました。たくさんの方々にお目にかかれて嬉しゅうございましたが、皆様ともっといろいろとお話が出来たらと心残りに思います。各々の御夫妻が異国の地で心を合わせてお暮らしのご様子を感じたことでございました。
翌27日は買物やらお食事やらと楽しい一日を過ごし、リヤードにもだいぶ慣れてきました。その日は、エジプト、オーストラリア、イギリス等から続々と受賞者とその家族がホテルに到着され、財団の方々もお忙しそうでした。早めに到着し、皆様のご助言のおかげで心の準備はしっかりと整いました。
28日からキング・ファイサル国際賞の催しが始まりました。午前中にはキング・ファイサル・センターでサウディアラビアやコーランに関する資料や書物についての説明を受け、痛みの激しい古い書物は化学処理を施され和紙を使って直される所を拝見し、又、エレベーターや自動で動く本棚等も日本製でその上建物も丹下健三氏の設計によるもので、日本の方々がこの国でも不断の努力を重ねられていることに感激いたしました。
昼食はTVタワーでリヤードの町を眺めながら頂きました。地上に電線が張り巡らされておらず、乱立した高層ビルもなく、とてもすっきりとした町並みでした。午後にはオアシスの町であるディライーヤに参りました。サウード家が初めて都を定めた町でリヤードの北30キロメートルに位置し、オスマン帝国の侵攻によって廃墟となりましたが、1981年からは修復が進められていると聞きました。日本の土壁とそっくりな作りになつかしさを覚え、夕日がたいへんきれいだったことが思い出されます。
夜は受賞者と関係の方々とのお食事で、アバーヤの着用は必要なしということで逆にアバーヤを着ないでいることの落ち着かなさを感じて苦笑してしまいました。私達が外国から見て、考えている習慣の違いは、その国の人々には必然的な事であることも多く、お互いに良く知り合って理解することの重要さを益々感じたものでした。
3月1日にはアンティーク街やゴールド街に行き、町では殆ど見かけることが出来ない女性の物売りに出会いました。この国に来て私が女性を見かけたのは学校帰りの子供達の手を引いていたり、買い物をしている人達、病院で働いている人達、患者とそのつき添いでした。
その後キング・アブドルアジーズ・センターと建設されたばかりの博物館を見学しました。今年は建国100年ということもあり、日本のテレビで外観だけでしたが、放映された博物館を実際に拝見することができ、感激いたしました。1年半であれだけの規模の建物を創りあげたということは驚き以外の何ものでもありません。現代から後世の人々への素晴らしい贈り物だと感じました。
2日は授賞式当日。午前中はキング・ファイサル・スペシャリスト・ホスピタル及びリサーチ・センターを全員で訪問し、医学部門受賞者のお二人はそこで講演をなさり、その間私達は病院及び研究部門を見学いたしました。大変近代的で設備も整い、素晴らしい図書室、会議室等そして小児病棟の個室は私が日本の大病院では見たことのない様なものでつき添いの人への配慮もなされ、きれいな庭や関係者のアパートも共に印象深いものでした。
ここでは多くの女性が働いており、病院という性格上、女性ぬきでは事が進まないのではと感じました。午後8時半からいよいよ授賞式の始まりでした。たくさんの出席者達、華やかな壇上、周囲をとり囲む兵士らしき人達、プレス関係者等初めての経験に息をのむ思いで眺めておりました。スルターン ビン アブドルアジーズ殿下とハーリド アル・ファイサル殿下のお出ましで式が始まり、各々の受賞者が賞状とメダルを頂き、3分間のスピーチがありました。
その後晩餐会がありましたが私のテーブルは受賞者の家族とその関係者で殆どが女性でした。臨席の女性はエジプト人で大学で農業を教えていらっしゃる方でした。この国の料理は大変美味しくその都度新鮮な感動を覚えました。プレゼントして頂いたものと私が買った2冊の料理の本を参考に我が家にもサウディ料理を取り入れていきたいと思っております。
3月3日、日本では、雛祭りのこの日が最終日となり、午前中にゼーバッハ教授と夫の講演がキング・アブドルアジーズ・シティ・フォー・サイエンス&テクノロジーで行われました。講演と質疑応答が終わりその後部門別に各部屋の案内と研究説明がありました。日本の方も研究に従事しておいででした。
その夜はバンダル ビン サウード殿下とキング・ファイサル財団の主催による宮殿のゲストハウスでのガーデンパーティーに出席いたしました。その夜は肌寒くオーストラリアとイギリスの御夫妻がその夜のうちに帰国されることもあり、盛やかななかにも一抹の淋しさが漂っておりました。
王室の方々の暖かいおもてなしのお気持ち、キング・ファイサル財団ならびに国際賞関係の方々、見学させて頂いた先々での方々等のような授賞式を支えていらっしゃる多くの方々の並々ならぬご努力を思う時、本当に頭が下がる気持ちと感謝でいっぱいです。
翌朝、リヤードの景色をしっかりと目に留める為に、飛行場へ向かう車中では私達はほとんど無言でおりました。最後のお別れの時、殿下が「この国はあなた方にいつでも開かれています」と言ってくださったお言葉を胸にリヤードを後にいたしました。私にとりましては一生忘れることの出来ない素晴らしい9日間でございました。
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| キング・ファイサル・センター |
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サウード家発祥の地ディライーヤ |
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転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.201 1999
(2007年2月2日更新)
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