| サーラ・高橋洋子 |
私がサウディアラビアのリヤードで生活するようになって11年の月日が流れた。大きな不安と小さな期待で生活を始めたばかりの頃は、毎日が他ではできないような異体験の日々だった。しかし、長年暮らしていると、その時初めて味わった感覚はだんだん慢性化してきて、それが今では全く普通のことになってしまっている。
11年前のリヤードはいわゆるバブル期で、町中いたるところで建設工事が行われていた。政府機関ビル、高速道路、ショッピングモール、高層アパート等々。途中で湾岸戦争が起こりバブルがはじけてしまったために、いまだに完成していないビルが数多くある。さすがに産油国とはいえ、あの戦争の痛手は大きかったに違いない。
私の住むアパートはリヤードで最も古い繁華街とされる下町にある。建てられてから20年以上経つこの高層アパートは、3棟が円形状に並んでいて最上階は36階である。何でも都市計画に基づいて、フランスの建設会社が設計したという、今でもリヤードのランドマークになっている、ちょっと目立つ建物だ。
そのせいか湾岸戦争の時はミサイルの標的にされ、とても怖い思いをしたものだ。ちなみに私の住んでいるのは21階だ。夜、訪ねてきたお客は、窓から見えるリヤード市内の夜景の美しさに目を見張る。そして誰もが「きれい、サウディじゃないみたい」と言うのだ。経済状態が悪くなっても夜の照明費用を節約するという考えは一切なさそうだ。
私もそうであったように、初めてリヤードに来た日本人女性が一番圧倒されるのは、金スーク(市場)を訪れた時ではないだろうか。私の家からは歩いて10分程で行けるこのスーク、それほど広くないスペースに約100軒近い店がひしめきあっている。これは、新ゴールドスークと呼ばれていて、この他に1日ゴールドスークと呼ばれるサウディ人御用達の市場もあるのだ。
主に外国人が訪れるのが、先に上げた方だ。アラブ人にとって、ゴールドと言ったら21Kで、日本人の好む18Kには目もくれない。日本人がつけたら絶対本物とは見えないような、それこそ首が折れそうな(アラブ人女性の首は太く丈夫そうな人が多い)100gくらいありそうなネックレスをするのだ。手首には輪状のブレスレットを何本も腕につける。腕も太いから迫力もある。彼女たちはこのブレスレットを片時もはずさない。寝るときもそのままつけたままだ。
私は日本流の細く、華奢なタイプのアクセサリーに慣らされていたから、はじめの頃は、よだれかけのようなもの、チャンピオン・ベルトのようなもの、犬の鎖のようなものなどに「えーっ、こんなの誰がするの?悪趣味」とか悪口を言っていたのに、長く住んでいると不思議にその手のものに自分の好みが近づいてゆくようでとても怖い。外国人には馴染みのない習慣です。アラブ人女性は、金の売買を頻繁にする。飽きるとすぐ売って新しいものと交換するのだ。もちろんその際どんなにすご腕のアラブ人女性でも損はするのだが。こうしてサウディアラビアをはじめとするアラブ諸国の金スークは成り立っている。
サウディアラビアでは女性が外出する場合、通常、黒色の非常に薄手のコートのようなもので全身を覆い、頭、顔もすっぽりスカーフのようなもので隠さなければならない。外国人は顔を見せても良いことになっている。めんどうくさく、暑苦しいのだが良い点もある。下に着る洋服は何でもいいからだ。寝間着の上にはおっている女性もよく見かけるし、髪の毛が収拾つかない状態の時、スカーフがあってよかったなと思うのだ。
未婚のサウディ人女性は、スラっとした痩せ型の美人(かどうかは判断できない時も多いが)が多い。体にピッタリとした細身のタイトスカートを着て、10cmはあるかと見えるハイヒールを好んで履き、小股でシャナリシャナリと歩くのだ。そんな彼女たちが結婚し出産したとたんに大変身する。多くの女性が肥満体になってしまうのはなぜだろう?
アラブ人女性は買い物好きだ。というより他の娯楽がないので仕方のないことかもしれないが、リヤード市内には、世界中の有名高級店が多数ある。ある通りなどには道の両側にズラっとフランス、イタリアなどの有名店が並ぶ。そのような女性用のブティックの場合、中に入れるのは女性だけだ。夫の意見を聞こうにもできない。私の場合は娘の意見が頼りだ。このような店はちゃんと中で試着もできるし、売り子も女性なので失敗ということは少ないが、普通、夫と一緒に入れるような店の売り子は男性で試着できない。だから試着ができない分、返品はごくごく当たり前のことなので1、2回パーティーに着ていったものを返しにくる女性たちもいるとかいないとか。
アラブ人女性たちはオシャレすることが大好きだけれどセンスが良いとか言えば?の方だろう。たまにシャネルのバッグにゴム草履というミスマッチを楽しんでいる女性もいる。また彼女たちは化粧品、香水等も大好きだ。日本の化粧品売り場と違って女性の美容担当員などいるはずがなく、大抵、エジプト人、レバノン人、インド人などのオジさんたちだ。
私のよく行く店の美容担当員は60才位のこの道20年というベテランのスーダン人だ。この人はほとんどの商品を自分で試してみるというが、彼の顔にその成果のほどは片鱗もない。商品のフルネームを告げても「何それ?」という顔をされることが多いのだ。でもアラブ人女性たちはそんな美容担当員の言いなりになって結構買ってしまう。それに彼女たちは決して一個単位では買わない。その証拠に買う時に決まって「いくつ?」と聞かれるのだ。どういう使い方をするのか一度見てみたいと思う。
売り子の中でもインド人は商売熱心でとにかく売るためには何でもノープロブレムという一言で買い手の不満を片づける。そのくせ、このハンドバッグは何の革でできているのと聞くと、大まじめに「ビーフ」と答えるのだ。こういう物おじしない態度は、日本人に一番欠けているものだろう。
アラブ人女性たちはこんな売り子相手に値引き交渉をする。絶対に定価では買わないし、値引きが無理とわかると何かをおまけにつけろと要求する。定価で買い物をするのは日本人ぐらいだと思う。
一般のアラブ人女性たちは既製の服を買うより生地を買ってテーラーに作らせることが多い。体型の規定外の人が多いためかもしれない。テーラーはほとんどがパキスタン人とインド人の男性だ。実際に採寸することはできないため、自分の持っている洋服を持参してそれをコピーさせるのだ。テーラーの技術もさほどではないので、何か皆が皆、同じような型になる傾向があるようだ。仕立代も驚くほど安い。
日本人の中には有名ブランドのスーツやワンピースのコピーを何着も作ったという人もいるが日本では着れそうもないらしい。サウディの女性たちにとって女性同士が集まるパーティーで2度以上同じ服を着て出るのはとても恥ずかしいことなのだそうだ。質より量で勝負している。
サウディアラビアの休日は金曜日(公共機関は木曜も休日)で、この日はイスラーム教にとっては集団礼拝の日で、公共機関も全て閉まり、普通の店も午後4時が開店時間となる。その時間帯までは、まるで人々の活動も止まってしまったかのようになる。砂漠の建設現場からはフィリッピン人、パキスタン人等の労働者たちを運んだバスが何台も連ねてリヤード市内にやってくる。彼らの目的地はダウンタウンのスークでの買い物だ。
その場所周辺は彼らにとって情報交換の場でもある。日常品をはじめ、ありとあらゆるものが信じられないくらい安い値段で売られている。この日だけの限定品というのもあり、一足四百円という靴もあるくらいだ。ここで彼らは週一度の休日を過ごし、夜遅くまた砂漠に戻っていく。
リヤードには結構レストランが多く、その種類もバラエティーに富んでいる。中国、インド、パキスタン、トルコ、エジプト、フランス、イタリア、タイ、韓国料理とあげたらきりがないくらいだ。但し、飛び抜けておいしいという店はないかもしれない。日本レストランは、1、2軒あるが値段が他に比べて高いし、コックがフィリッピン人のせいか、はっきり言ってあまりおいしくない。
サウディアラビアの代表的な料理といえばカプサだろう。これは簡単に言うと、スープで炊き上げたご飯の上に羊の丸焼き一頭分をのせたものだ。サウディ人に食事に招待されたらまずこれがでてくるのはまちがいない。それくらいポピュラーなのだ。サウディ人たちはそれを手づかみで食べるのだが、最近では、外国人用に親切にフォーク、スプーンが用意されているところもある。サウディ人の普段の食事としてはもちろんのこと、何か特別なお祝い事(結婚式等)の際、必ずこのカプサがでる。リヤードに来たばかりの頃、招待されたカプサパーティーでは、はじめ男性客が食べ、その残りが女性客の方へ運ばれ、それを女性たちが食べるという、びっくり仰天の食事だった。
リヤードの医療事情は非常に良い方だと思う。市内には、大学病院、公立・私立のクリニック等が揃っている。公立病院は外国人も含め無料である。私の場合、夫の大学付属のクリニックを利用することが多い。男性用、女性用と建物が別れているため、私本人の時は、一人で、娘の時には必ず私が付き添わなければならない。もちろん全員女医でほとんどエジプト人だ。
幸いなことに私は根が健康らしく、まだ出産を除いてたいした病気にかかったことがない。一度インフルエンザにかかり病院の薬を飲んで体中が腫れて死にそうになったことがある。別の病院で調べたら、一回に飲む量が日本での場合と比べると倍はあったのだ。あのまま指示通り飲み続けていたらと思うとゾッとする。
それと歯医者も選ばないととんでもないことになるらしい。アラブ式治療は悪くなった歯は取り除いてしまうという実に簡単なものなのだ。うっかりすると悪くない歯もついでに抜かれていることもあるらしい。麻酔も強いらしく、きれるまでかなり時間がかかるようだ。私が一つ不思議に思っていることは、アラブ人には虫歯が少ないということだ。日本のように定期健診もないし、食後歯磨きするという習慣も浸透していない。その上、子供の頃から炭酸飲料を水がわりにガブガブ飲んでいるというのに。
最近、日本人の中でもリヤードで出産するケースが増えているようだ。私も当地で娘を出産した。医師、看護師全てエジプト人の私立病院だった。私の場合はたまたま女医であったけれど、アラブ人女性は特に産婦人科においては圧倒的に女医を選ぶ。通常アラブ人女性は出産のため、特別な場合を除いて、2日以上病院にいることはない。彼女たちにとって、出産はそれほど大仕事ではないらしい。日本人のようにラマーズ法だの呼吸法だの、そんなことはどうでもいいのだ。とにかく出産の時には騒げるだけ騒ぐのが良いとされている。
私は出産の時自己流で覚えた呼吸法によって、声を出さないようにと頑張っていたが、途中何度も看護師に「どうして我慢しているの? もっと騒ぎなさい」といわれたのだ。あるアラブ人女性は分娩の1時間位前にやってきて騒ぐだけ騒いで、生んだと思ったら1時間後には私の横のベッドから消えていた。自分でスタスタ歩いて帰ったようだった。
赤ちゃんもすぐ横に連れてこられた。予防接種も日本のように親切に連絡などしてくれないので、自分で常にチェックして受けに行かなければならない。そのため、サウディアラビアでは、全ての予防接種が済んでいるという証明書を提出するまで、出生証明書は発行しないことになっている。
サウディアラビアの教育制度は、だいたい日本と同じで、小学校・中学校・高校・大学となっていて、公立の場合授業料は無料だ。大学生は政府から毎月奨学金のようなものをもらう(日本円で3万6千円ぐらい)。但し、授業に3分の1欠席するとその権利はなくなる。他の国では考えられないようなうらやましい制度。それでも毎年ドロップアウトする学生が多いそうだ。そんな彼らにとっては学業より副業(父親のビジネスを手伝っていることが多い)のビジネスの方がずっと大事なのだ。
一般的に、女子学生に向学心のある人が多そうだ。わたしの友人の娘が薬学部に籍を置いていたが、毎日がファッションショーなのだそうだ。ノートもとらずテープレコーダーのスイッチを入れ、おすましして坐っているというのが大多数、教授に注意されると人権侵害だのと言って逆に食ってかかる人もいるそうだ。
私の娘が通っている学校は、小・中・高一貫の私立学校である。英語とアラビア語の比重が同じなので、アラブ諸国の親たちに人気のある学校だ。生徒たちの国籍も多様で、エジプト人が最も多く、パキスタン人が次に多い。アラブ人とのハーフの子も多い。顔を見ると全くアラブ人の顔をしているが国籍はスウェーデン、アイルランド、カナダなんて子もいる。
公立、私立を問わずアラブ系の学校は男女別が原則で、入るゲートも建物も分かれている。父親でも入れない。夫は娘の送り迎えの時、ゲートの外でシャットアウトだ。学校で何かの行事があっても父親は参加することはできないし、ビデオ・カメラ撮影も禁止だ。学校のことを記録に残すということは不可能なのだ。これではあまりにひどすぎると母親たちが一丸となって抗議したことがあるのだが、いまだに改善されていない。
教科の中には音楽・体育の授業はない。美術の時間はあるにはあるのだが制約がある。私の娘は絵を描くことが好きなのだが、ここの美術の時間は大嫌いと言う。生き物、魂のある物、魚も目を描くのはダメだというのだ。果たしてこの国からアーティストなんか出るのだろうか。
日本で言われるいじめというものはここには存在しないと思われる。というのはアラブ人の親(特に父親)は自分の子がいじめられた場合、即、行動を起こす。いじめた子を待ち伏せし、その子の胸ぐら(女の子でも)をつかまえて「今度うちの子をいじめたらお前を殺してやる」というニュアンスで思いきりその子をとっちめるのだ。男子校の場合などいじめられた子の親たちが結束して、いじめた本人を袋ただきにしたという話しも聞いたことがある。お父さんに言いつけるよというセリフが子供たちにとっては最も恐ろしい言葉なのだ。
子供の娯楽施設というものは数少ない。遊園地といっても日本の規模にはほど遠い。そして何より家族全員いっしょに入れない。父親と子供しか入れない。母親はゲートの外で父子が出てくるまでひたすら待つのだ。暑いせいもあって開園は午後4時以降10時位までとなる。アトラクションも数少なく、あっという間に乗り終えてしまうのだ。そして動物園もこれまた家族全員では入れない。女性と子供の日、男性と子供の日に分かれる。オリの中の動物も、女性の日はメスだけ、男性の日はオスだけ出てるんだなどと信じてしまいそうな冗談を誰かが言っていた。
日本で大流行したプリクラマシンが置いてあるショッピングモールがある。試しに行ってみたが、まさしく日本製のプリクラ機だ。料金もだいたい日本と同じ、私はこのプリクラは若いアラブ人女性の間で絶対に人気がでると思っている。というのは、他人に撮られることは拒否するが、これは自分で操作して写せるからだ。本当のところは写真が大好きなのではないかと思う。
11年前、私がリヤードに来たばかりの頃は、サウディアラビアの国営TV放送は2チャンネルだけであった。放送も一日中ではなかった。サウディアラビア人の女性アナウンサーも登場していた。顔は出していたが、頭はスカーフで覆っていた。当時私が理解できたのは料理番組ぐらいだったろう。
但し、材料の分量という点になると非常に困るのだ。料理人のオバさんたちは正確に量る計量カップやスプーンを使わないからだ。彼女たちが家で使っているグラスやスプーンでどのくらいという訳だが、見ている人全員が同じ大きさのグラスを持っているとは思えないし、別の見方をすれば、アラブ料理はそんなに神経質にならなくとも、だいたいのところでできてしまうのだと悟った。
さて、現在は禁止されているものの、アンテナさえ取り付ければ24時間衛星放送を受信できる。そのため年中寝不足の人が増えてきているらしい。特に学生たちにとっては元凶のようで親の悩みがまた増えたようだ。中でも近隣諸国エジプト、レバノンなどの番組は人気があり、特に、エジプト製連続ドラマの人気は高いようだ。
この2、3年リヤード市内には日本ではおなじみのファーストフード(一部は前からあった)のチェーン店が非常に増えた。宅配をしてくれる店も数多い。主な利用客は外国人とアラブの若者たちである。私にはアラブ風ファーストフードと言うべき「シャウルマ」の方が安くてずっとおいしいと思うのだが。
アラブ人は見切りをつけるのが速い。短い期間に全く別の種類の仕事をしている店がずいぶん多い。先週まで化粧品店だったのに突然、台所用品店になっていたり、ダメだったら即、方向転換なのだ。諦めがいいというか、先見の明がないというか、どちらかだろう。
外国人の数は10年前と比べたらずっと少なくなってきたように思う。日本と同じで経済状態も良くないけれど、あいかわらず女性たちの買い物好きは変わっていない。今後、この国はどのように変化していくのだろうか、興味が尽きない。
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