アブドッラー皇太子、日サ親善カップを寄贈

−東京競馬場で初のサウディ杯レース‐

Graciously Offered by
HRH Prince Abdullah bin Abdulaziz AL Saud
Crown Prince of the Kingdom of Saudi Arabia


1st Tokyo High-Jump (J G-II)
3,300 meters
June 12 (Sat.).1999
At
JRA Tokyo Racecourse

 6月12日、府中東京競馬場で第1回東京ハイジャンプ・サウディアラビア・ロイヤル杯レースが行われた。サウディアラビア・ロイヤル杯は、今年が日本・サウディアラビア修好40周年にあたるものを記念して、アブドッラー皇太子から寄贈されたもの。

 3,300メートル障害レースは13頭馬で競い合い、白浜雄造騎手が騎乗するレガシーロックが優勝、クルディ駐日サウディ大使よりロイヤル杯が贈られた。

 同カップ寄贈にあたり、クルディ大使から下記のメッセージが寄せられた。


サウディアラビアロイヤルカップに寄せて
駐日サウディアラビア大使 
ムハンマド バシール クルディー 
ロイヤル・カップを手渡すクルディー大使(左)と優勝馬レガシーロックのオーナー 白浜雄造騎手が騎乗する優勝したレガシーロック
ロイヤル・カップを手渡すクルディー大使(左)と優勝馬レガシーロックのオーナー 白浜雄造騎手が騎乗する優勝したレガシーロック
 本日の第1回東京ハイジャンプにサウディアラビア王国皇太子アブドッラー ビン アブドルアジーズ アール サウード殿下から寄贈されたサウディアラビアロイヤルカップをお届けすることを光栄に思います。この記念レースの実現にご協力を頂いた浜口理事長をはじめJRAの皆様に心よりお礼を申し上げます。

 日サ修好40周年にあたる今年はサウディアラビア建国百周年でもあります。日本は石油需要の2割以上をサウディから輸入し、サウディにとって日本は最重要な貿易パートナーです。この節目にサウディの人々の友好の気持ちを日本の皆様にお伝えする大役を我々の共通の友である馬たちに委ねることと致しました。

 古来、アラブの人々は馬を宝物のように大切にしてきました。はるか昔から馬たちはアラブの人々の生活の根元的な部分にかかわってきました。アラビア語の「馬」の語源には「統治する」とか「砦」といった意味があります。アラブの人々にとって馬はパワーであり、動く砦でもあったのです。7世紀初頭、イスラームの時代がはじまるとアラブの馬も遠征に参加、スペインを経てフランスに到達します。11世紀になると十字軍が貴重な戦利品としてアラブ種の馬をヨーロッパに持ち帰りました。現在のサラブレッドはアラブ種とヨーロッパ種が配合されたものです。何事も完璧を求める日本がアラブ種の馬を導入した歴史もうなずけます。

 サラブレッドの三大始祖の2頭までがアラブの名前を伝えています。ダーレーアラビアンとゴドルフィンアラビアンです。ダーレーアラビアンは1700年にアラビア半島に生まれ、今年は生誕300年です。世界の競馬場で走っているサラブレッドの8割以上が彼の血を受け継いでいます。ノーザンテースト、サンデーサイレンス、ラムタラといった種牡馬もみなダーレーアラビアンの子孫です。

 サウディアラビアでも競馬が行われています。伝統あるリヤード馬事クラブには3,000頭余のサラブレッドが登録されています。イスラームの国ですから馬券は発売されませんが、国王杯や皇太子杯といったビッグレースが毎年開催され世界の一流ジョッキーが騎乗にやって来ます。これまでサウディアラビア籍の馬が日本で走ったことはありません。ファハド ビン サルマーン殿下のイブンベイ号(英国籍で89年のジャパンカップに出走)が唯一のサウディ関連の馬でしょう。サウディアラビアは今春アジア競馬会議の準メンバーになりました。近い将来、日サ両国の間で定期的な交流レースが行われるようになるでしょう。その日の到来が待たれます。

 馬たちの血が今日のサウディアラビアと日本を結んでいます。サウディアラビア・ロイヤル・カップが「スポーツ・オブ・キングス」である競馬を通じて、両国の文化のさらなる交流に寄与することを期待します。



(※役職名等は、すべて当時のものです)
転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.202 August 1999

(2007年3月9日更新)













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