「ちゃんと通訳しているのか?」「もう、サウディ人ではなく、完全に日本人になったね!」「なぜそのような無理な願いをするのだ?」等々、2002年FIFAワールドカップの間、サウディ代表のメディアコーディネーターを勤めていたときに、毎日のようにこのようなことを言われていた。違った考え方を持った両国の人たちの間に立って話を進めなければならなかった。
日本人からすれば、サウディ人は計画性がなく、いつも突然に実行しようとしているように見える。一方、サウディ人からすれば、日本人は意志決定にかなりの時間がかかるので素早い対応ができないように見える。もちろん、その人が悪いわけではなく、その人が育った環境や文化の影響が強く、一朝一夕で変えることは不可能であろう。そして、その事実を知らない両国の人々の交渉の間にコーディネーターとして立つことは、自分が傷付けられることを恐れずに、交渉が成功することを願って力を尽くすことに集中するしかなかった。一緒に手伝ってくれた人の中には、辛くて夜寝られなかった人もいれば、ストレスが溜まって心臓が痛くなった人もいた。そういった状況の中で、日・サの文化交流が徐々に深まっていくことを実感して励まされた。東京スタジアムでのサウディ代表の公開練習にきてくれた9000人の調布市民のサポーターの暖かい声がいまだに聞こえてくるようだ。楽しそうな表情でサウディ料理を食べた小学生の笑顔も、ナツメヤシが入った日本のお菓子の味も、素敵な緑色のドレスを着ていた調布市民の姿も、日本代表を熱く応援していたサウディの人々の気持ちも一生忘れられないであろう。
新宿NSビルで開かれたサウディアラビア展示会の開会式で、サウディアラビアの伝統的な踊りをしているナゥワーフ・ビン・ファイサル・ビン・ファハド殿下と松波議員の姿が全アラブ世界に放送されたことは何よりも印象的であった。
架け橋になるということは、恋に落ちることと同じく、どんなに痛くても辛くても周りの人に評価されなくても、自分が大好きな両国のために耐えて、明るい未来を信じて最後の最後まで愛情を注ぐことである。
ブカーリ・イサム(早稲田大学理工学部 経営システム工学科)
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| 展示会開会式で松浪衆議院議員に記念品を贈呈するナゥワーフ殿下(中央:ブカーリ・イサム氏) |
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転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.209 September2002
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