サウディアラビアの結婚


新郎新婦探しに協力する家族と親戚

テンプル大学ジャパン・キャンパス学生
バール アブラール アブドルマナーン


結婚は人の人生にドラマチックな影響を及ぼす大きな意味を持ちます。人生の長い間、二人の人間を結合させるという意味では世界共通ですが、結婚がどのように行われるかは宗教や文化により国によって違います。

さて、私の国サウディアラビアにおける結婚についてお話しましょう。男女間の自由な交際が無いと言っていいサウディアラビアの社会では、男女がどのようにして知り合い、結婚を決意するのか、不思議に思う方も多いことでしょう。男女が知り合うきっかけは、大抵の場合家族の連係プレーによってつくり出されます。ある息子が、そろそろ身を固めて母親を喜ばせたいと考えたとします。すると彼は母親にその旨を伝えます。嫁探しは直ちに始められます。母親や家族は、親戚や友人たちに連絡をとり、器量よしで良い主婦になりそうな若い女性はいないかと問い合わせます。心当たりがあると聞いたときは、身内の誰かが実際に“偵察”に行きます。普通は、花婿候補と花嫁候補の両方の家族が同席しているような所、例えば結婚式とかパーティー、あるいはその親戚の家へ行きます。いうまでもなく、お目当ての女性に気づかれないよう注意が払われ、“全く偶然の出会い”がアレンジされるわけです。

“偵察員”は彼女をそれとなく観察します。服装の好みはどうか、立ち居振る舞いはどうか、周囲の人々への応対はどうかなどを“判定”したり、その女性や家族に関して周りの人にそれとなく尋ねたりします。その女性本人と話すこともあります。普通の場合は、近くにいる人に「あの娘さんどこのお嬢さんかしら?おいくつなのかしら?」などと何気ない様子で尋ね、花婿候補に報告するための情報を収集するのです。さらに親戚の中の他の一人、例えば母方の一人をそのような所へ連れて行きます。こういうことがあるので、サウディアラビアの若い女性は他人の目に触れる所では常に身だしなみや行儀に細心の注意を払っています。

さて、花婿候補の母親や花嫁の家族に近い親戚や花嫁の家族は、くだんの若い娘さんの家族を呼んで、若者の家族や彼自身について概略を説明します。双方から初期承認が示された場合は、娘さんの家で若い二人が会って話し合えるよう段取りが行われます。この面会の結果、双方から示される同意または不同意は、その後の縁談の進行に影響します。縁談を進めるかどうかは彼らの決断次第となるわけです。この“ご対面”を「スンナの面会(Shofat al-Sunna)」と呼びます。これをスンナ(慣行)と呼ぶのは、若い二人に互いに知り合う機会を与えようと、預言者(彼に平安あれ)によりムスリムにもたらされたものだからです。

初対面ですから、二人とも、特に女性には恥じらいがあります。だから彼らのお互いに対する判断にはきちんとした根拠があるわけではありません。そのような状態でも、男性は女性に贈り物をすることになっています。大抵の場合、贈り物は宝石・貴金属類で、ダイアモンドや金でできた指輪、ブレスレット、ネックレス、あるいはこれらの全てを贈るのです。これは男性が女性に好印象を持ったことを意味します。たとえ一方が他方を好ましく思わなかったとしても、男性の方から贈り物をし、女性はそれを受け取らねばなりません。そうすれば、互いに感情を傷つけないで済むわけです。(もし両者が合意に至らなかった場合は、どちらかの家族がその旨を相手に伝え、贈り物は返却されます。)

ご対面(Shofa)が首尾よく運んだ場合は、両方の家族と、花嫁予定者・花婿予定者の間で度々話し合いが持たれます。それぞれの家族は、この縁談を進めることに異存はないか二人に確かめます。多くの場合、女性は親に決定を委ねます。サウディアラビアでは家族の絆が大変強く、親と子は深い信頼と敬意で結ばれています。とはいえ、親が娘や息子に自分たちの考えを強要することはなく、相手の家族に返事をする前に、娘あるいは息子の意見を考慮します。

娘または息子が縁談に気がすすまない場合、親はその気持ちを尊重して翌日にでも相手の家族を訪ね、相手の感情を害しないよう丁重にお断りの言葉を述べます。その時点で娘の家族は受け取っていた宝石類を返却し、この縁談はなかったことになります。

最初のご対面で二人が意気投合した場合は、次の段階の「ミルカ(Milka)」に進みます。これは若い二人が法的に結婚したことをお披露目するパーティーですが、実際には結婚式の夜までは社会が認めた完全な結婚とは認められません。

ミルカは、当の若い男女がお互いに良く理解し合い自分たちの決心を確認するために与えられたもう一つのチャンスなのです。このようにイスラームは、若い二人が自分たちの決断に確信が持てるよう、いろいろな機会を用意しているのです。ミルカの席では、花嫁となる女性は白以外の色の衣装を身につけ、式が終わったら当然親の家へ戻ります。

ミルカの期間、つまり婚約期間をどれほどの長さにするかには特に標準はありません。私の場合はほぼ2年で、幸せで楽しい思い出に満ちた素晴らしい毎日でした。ですから、ミルカの期間は、二人が十分に理解し合い、幸せな気持ちで結婚という次の段階に進みたいと考えるまでということになります。

いよいよ二人の晴れの舞台、結婚式の夜がやって来ます。一生に一度の晴れがましい夜です。ミルカと同様、結婚式も、立派なホールや大きなホテルで行われます。ミルカも結婚式も、礼拝と礼拝の間に十分な時間がある深夜に行われます。心置きなく華燭の典の集まりが続けられるからです。結婚式の夜は涙、涙で終ります。両家族は二人の新しい人生の門出を準備しながらも自分たちの心の準備はしてきたものの、いよいよ二人が家から出て行く別れの時が来たことを実感して涙に暮れますが、手に手を取って新生活に向かって出発する二人に笑顔で祝意を述べるのです。

米国で生まれ、サウディアラビア以外の国で暮らしたことのない私にとって、日本で新生活を始めることは心ときめかす経験でした。日本へ行くのだと聞いたとき、私は不安と興奮の入り混じった気持ちになりました。日本が極東のどこかにあること以外何も知らなかったほどです。サウディアラビアのマッカにあるウンム・アルクラー大学でコンピューター学を学んだ私は、どんな社会にも役立つコンピューターの勉強に魅力を感じていたので、どのようにしたらその勉強が続けられるか心配でした。それに、私の知らない言葉が使われている遠い国へ行くことも大変不安でした。そんな時、母の言った言葉が忘れられません。「心配しないで。神様を信じるのよ。すべてうまく行くわよ。ごく普通に振舞うのよ。そして新しい経験を楽しみなさい。毎日eメールで連絡するわ。休暇には会おうね。お前が帰れなければ、こっちが日本へ行くわよ!」

私の家族はいつも私を支えてくれます。私が必要とするとき家族はいつもそこにいるのです。私は家族が大好きです。日本に来た当初は、外国という新しい環境であるだけでなく、結婚という新しい生活の二つの事が重なって、少し戸惑いましたが、夫がとても頼りになる優しい人であるので、いつも神に感謝しています。夫が日本をよく知り、日本語が堪能であることについても神に感謝しています。神様は私にファイサル トゥラード駐日サウディ大使や駐日イラク大使のご家族をはじめ多くの友人にめぐり合わせて下さいました。みんな私を寛いだ気持ちにして下さる楽しく優しい人々です。

また、私が会った多くの親切な日本人は、私が新しい環境に馴染むよう、どんなにか助けて下さったことでしょう。日本語を学んで人々とお話ができるように私は日本語の基礎クラスに入りました。そのおかげで今では夫を頼りにせずに独り歩きができるほど、かなりの自信と独立心がついてきたような気がします。

現在私はテンプル大学に在学しています。この大学では、英語で授業が行なわれ、しかも私が強い関心を持っているコンピューターグラフィック、デジタル写真、ウエブデザインなどに関する新科目を扱う専攻科があるのです。優秀な教授陣を持つこの大学は、私に新しいテクノロジーを学ぶ機会を与え、英語によるコミュニケーション技術を向上させ、日本をはじめとする外国文化に関する知識を豊かにする素晴らしいチャンスを提供してくれます。

テンプル大学で学んだことを活かして、私は将来サウディアラビアと日本の間の架け橋役ができたらと思っています。一方の優れた特質を生かして両国を豊かにするような大使の役割を演じたいと思います。ですから、新しい見識を得るために視野を広め文化的相違を理解するべく、日本の社会に関する理解をもっと深めたいと考えています。また、日本人のためだけではなく、私がテンプル大学で毎日接している、いろいろな文化や背景を持つエスニック社会の人々についても、私は同じようなことを考えているので、世界に関する知識が広がります。

すぐれた先生方のもとで毎日多くの新しいことを学び、日本での生活をエンジョイしているので、当初の不安の殆んどすべては消滅しました。とりわけ、私は自分の学問的目標に到達するべく進んでいるのだと自信をもって言えることを嬉しく思います。その目標というのは、豊かな知識を身につけ、それを活用し、サウディアラビアの人々に伝え、社会の発展に私自身も協力・参画し、そして私のような卒業生をサウディ社会が必要とすればそれを満たすことです。

(筆者は早稲田大学博士課程ブカーリ イサーム氏夫人)


披露宴招待者
披露宴招待者
 
結婚式場の様子 結婚式場の様子
結婚式場の様子 結婚式場の様子
 

転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.216 March2006













日本語トップ | リンクについて | サイトマップ | ヘルプ



2006年 アラブ イスラーム学院